風の神送り

「近眼の更紗屋が唐草の箔を置くように、有難屋の講中が御堂さんの金具を磨いてるように」
「風の神送り」に出てくる台詞です。なんのこっちゃ分かりませんな。風呂で別嬪のお妾はんの背中を流すことになった男が、やいとの皮が剥けないように丁寧に背中を流すところの描写です。これは一例ですが、この落語には令和の人間には分からない言葉がわんさと出てまいります。幸い私は昭和の人間なので分かる……はずがない。江戸時代の噺なんですから。
そんな分からない噺ですが、私は大好きです。自分がやる噺の中でベスト5に入るでしょう。でも仲間内でこの噺をやる人はほんとに少ないです。たぶんよく高座にかけているのは私だけだと思います。たぶんですよ。徹底的に調べたわけではないので。
「風の神送り」に出てくる分かりにくい言葉を「桂米二流落語用語の基礎知識」で解説してみます。
★「風の神送り」‥‥「広辞苑」には載っている。「新明解国語辞典」には載っていない。いつだったか、風邪薬のコマーシャルに風の神さんが出てきて、ちょっとポピュラーな存在になった。詳しいことはマクラで説明する。落語のタイトルの場合はマクラで説明しやすいが、噺の途中でなんとなく出てくる言葉は説明しにくい。次がそれ。
★「用心籠(ヨウジンカゴ)」‥‥火事などの時、屋財家財なんでも放り込んで、持って逃げるための大きな籠。この「風の神送り」のようにすると、鼻紙ばかり持って逃げる羽目になる。
★「奉加帳」‥‥寄付を求める時に回して、金額と氏名を記入する帳面。元々は神仏に奉加する金品を記した帳面のこと。
★「矢立」‥‥筆入れと墨壺をセットにして持ち歩けるようにした物。商売人が集金に来る時、腰に下げていた。明治時代に万年筆が普及してから急速に用いられなくなった。今はその万年筆もあまり見なくなった。
★「天保銭」‥‥天保通宝の俗称。天保6年(1835)から発行された長円形の銅銭。裏面に当百と記され、はじめは100文で通用したが、だんだん値打が下がり、80文まで下がった。明治になってからもしばらくは使えたが、8厘にしか通用しなかった
★「波銭」‥‥江戸時代に鋳造された銭で、裏に波型の紋様がある物。4文に通用した。寛永通宝、文久永宝などがある。
★「朝湯」‥‥この噺の当時は混浴だった。でも暗かったのと湯気であまり見えなかったらしい。
★「おてかけさん」‥‥漢字で書くと「お妾さん」、要するにめかけ、二号さんである。関東では二号さんに目をかけるが、関西では手をかける。関西の方が正直だ。
★「虱紐(シラミヒモ)」‥‥虱を除くために薬を塗って肌に締める紐。逆に虱の取りつきやすい紐にして、そこへ虱を集めるだけ集め、熱湯につけて一気に殺してしまう。以上、二説あるが後者の方が残酷で怖そうで面白そう。どちらにしても、こういう粋なご婦人が締める紐ではない。
★「更紗(サラサ)」‥‥人物、鳥獣、草花などの模様を種々の色で染めた綿布。江戸時代、インド、ペルシア、シャムなどから渡来。
★「有難屋」‥‥神仏をむやみに信仰する人。特に、門徒宗(浄土真宗)をいうことがある。
★「しっぽく」‥‥うどん汁に蒲鉾、しんじょう、厚焼き玉子、椎茸、葱などを載せたもの。東京で言うおかめそばに似ているとのことだが、おかめそばは見たことない。小さい頃から京都大丸の食堂入口の見本で見て憧れの食べ物ではあったが、そういうと食べた記憶がない。その頃は玉子とじしか食べなかった。しっぽくの見本は椎茸が大きくて一番目立っていた。
これだけを読んでも「風の神送り」を聴いたことがない人はなんのこっちゃ分かりませんな。落語を聴いてこれを読んでくださいませ。今夜の「米二・銀瓶ふたり会」でやりますので。
2025/5/13(火)18:30
第5回米二・銀瓶ふたり会
天満天神繁昌亭
「開口一番」弥っこ
「お楽しみ」銀瓶
「お楽しみ」米二
「花筏」銀瓶
仲入り
「対談」米二×銀瓶
「風の神送り」米二
糸:香穂
前売・予約¥3,000 当日¥3,500
ご予約お待ちしております。また「SNS見た」のお声がけ、チラシ画像提示で前売料金でお入りいただけます。

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