最後の晩餐「オコゼ」

桂米朝独演会記録ノート(その3)198305.jpg

久米宏さんが亡くなられたとの報道。
ニュースステーションのコーナーで「最後の晩餐」というのがあった。
どなたかが言ったのが旅館の朝食。
それはええなと思った。
うちの師匠の回の時、京都の金比羅宮で撮影。
久米「米朝さんが食べたい最後の晩餐、食べたいものは」
米朝「···オコゼですかな」
オ、オコゼって😅
この人なに言いはんねんと思った。

☆∽∽∽∽★∽∽∽∽☆

おとうと弟子、桂米左君のFacebookの投稿を引用しました。

そう、うちの師匠は「最後の晩餐」はオコゼと言いました。私は見てなかったんですが、言うたそうです。それ以上、何の説明も無し。説明する時間がなかったのか、説明する気がなかったのかは分かりません。

1983年5月「米朝・枝雀親子会」の九州ツアーに連れてもらいました。長崎、熊本、福岡の3ヶ所。米朝、枝雀が二席ずつ前座が私と雀司(現文我)の日替り、お囃子が確か森キヨ子師、マネージャーが今は亡き平井勝三氏。

初日、長崎の会が終わって打ち上げ。旅は毎晩これが続きます。馴染みの薄い土地ですから、平井マネージャーがちゃんとリサーチしてくれて一軒の寿司屋へ。

「オコゼがありますが、お出ししましょうか」

料理する前のオコゼを見たけどグロテスクな魚です。でもそのオコゼは絶品でした。みんなオコゼは初体験。刺身、唐揚、そして赤だし。どれもこれも唸るほど美味しかったです。

勘定を払った平井マネージャーがポツンと一言。

「美味かったけど、高くつきました」

オコゼって高級魚なんですね。何度も言いますが、本当に美味かった。次の日は熊本で、その次は福岡。ここでも美味しいものを食べたはずです。けど全然覚えてない。もうこの旅の食事はオコゼで完結したのです。

私がオコゼを食べたのはこの時1回だけ。たぶんみんなそうだったでしょう。美味かったけど、だんだんそれが遠い遠い思い出になっていったんです。

それがいきなりニュースステーション「最後の晩餐」でオコゼが飛び出したんです。皆さん、長崎のオコゼの一件を知らないから「何これ?」と思ったんでしょう。でも私はすぐにそのオコゼは長崎のあのオコゼと分かりました。その場に一緒に居たという幸運に感謝でございます。

22134826 オニオコゼ.jpg

この記事へのコメント